Soof!*[本]

SO B. IT (ソー・ビー・イット)

SO B. IT (ソー・ビー・イット)

SO B. IT・・・あるがままに受け入れる準備が出来ていること。


そんな名前をもつ母に抱かれ
雨の日におばさんに見つけられた
生れたばかりの赤ん坊ハイディ。

だから、自分の誕生日も、お父さんも、
生まれた場所もわからない。


知的障害を持った母と、隣人の愛に支えられて
暮らしていたハイディは、母の使うことの出来る
23の言葉の中で、ただ一つ意味のわからない言葉
Soofの意味を知るために、12歳のある日、
自分のルーツを探す旅にでる。

世の中には、わけなくわかることもあれば
どんなに知りたいと望んでも、かなわないこともある。
確かに言えるのは、知っているかいないかということが、
事実を変えはしないということ。


どうしても知りたいことを求めて得た答。
そこには、残酷さもほろ苦さもあるが
新しい出会いとスタートもある。


母の言葉の数と同じ、23の章立てと
Soofの謎解きがとても温かい。


23の言葉の中では、Back soonとteaがとても好きだ。
ハイディへの愛が強く感じられるから。

Girl Goddess #9 ひとりぼっちという感情*[本]

「少女神」第9号

「少女神」第9号

いつかは失われる少女のきらきらした瞬間と
思春期のブルーとが描かれる9つの短編。


自分だけに見える秘密の友だち

好きな男の子との楽しい時間

大好きなロックスターにインタビュー

ゲイの男の子を好きになってしまう

ほんとうのお父さんをさがす旅


幼い日の幸せな瞬間にも、喪失感の兆しを見ている。
瞬間を生きる彼女達は痛々しくも可愛らしく、
この世界で生きてゆくことへの諦観をすでに知っている。
ひとときの魔法が、もうすぐなくなってしまうことを
知っているから、少女特有の傲慢さよりも
切なさを感じるのかな。

ひとりぼっちという感情を見つめて
それを否定したりまぎらわしたりせずに
分かち合える人を見つけ出した時、
彼女達の生はきらきらと輝きを増す。
別れや死や病やマイノリティの
悲しみの影を帯びながら。

ヴォイツェク*[本]

ヴォイツェク ダントンの死 レンツ (岩波文庫)

ヴォイツェク ダントンの死 レンツ (岩波文庫)

「いろんなことがありえますね、人間てものには!
何でもありだ。いい天気でありますね、大尉殿。
きれいな、どんより淀んだ空のど真ん中に丸太ん棒を
ぶちこんで、首を吊りたくなってきますよ、
それもただ、「そうだ、やっぱりそうだ」と「いや違う」のあいだに
ダッシュがあるためであります。大尉殿、イエスとノーとは?
ノーがあるのはイエスのせいなのか、イエスがあるのはノーのせいなのか、
こいつをひとつ自分でじっくり考えてみたいのであります。」

むかあし黒テントがやっていたチラシを見て気になってた
ビューヒナー(ドイツの劇作家1813-1837)の「ヴォイツェク」を
初めて読む。


美しい妻がライオンのような鼓手長と関係をもったことを知り、
刺し殺せという幻聴をきいて妻を殺してしまう主人公ヴォイツェク。


嫉妬から未亡人を刺殺した鬘師が、精神鑑定の結果、
責任能力があるとされて公開斬首刑となったという
現実に起きた殺人事件を題材にしている。


ビューヒナーは23歳の若さで病死したため
未完で配列もはっきりしない草稿が残された。


戯曲の中のヴォイツェクにも精神異常の兆候があり、
医師の人体実験に使われているようである。
年中せきたてられたようにせかせか走り続けるヴォイツェク。
正直者、善人であり、底辺に生きるヴォイツェク。
幻聴に襲われる前から何かに追われたり、恐ろしいものを見る
ヴォイツェク。それは運命の前触れのようでもあり、
彼の精神状態、置かれている状況からくる混乱・混沌のようだ。


この時代の戯曲をどう読めばいいのか、最初は戸惑いながら
読んだが、不条理劇のような台詞、ヴォイツェクの造形に
強い印象を受ける戯曲。

初恋*[本]

初恋

初恋

直接は知らなくても、映画やドラマや小説の中で
幾度となく体験してきた時代。1960年代。
ジャズ喫茶にたむろするひと時の関係。
学生運動の頃、自分の立ち位置を常に表明しなければ
いけなかった時代は、ある種の人たちにはとても
生きにくかっただろうな。
男女の関係はいまより気取った距離で、そのために
より強く惹かれあう関係に見える。
高校生の女の子のある体験が、未解決の三億円事件
映し出す。虚実の加減がいい。


喪失感の中でも生きていけることを知っていく青春小説。

肯定の意志[本]

帰宅して家の鍵を開ける瞬間、タデウシュ・カントールのことが
頭に浮かんだ。ポーランドの前衛的な劇作家・演出家。
カントール自身が舞台上に指揮者の様に存在する
「私は二度と戻らない」の来日公演を東京まで見に行って
震えたことを思い出した。

芸術家よ、くたばれ!

芸術家よ、くたばれ!

そして新聞で太田省吾の追悼記事を目にした。
亡くなっていたことは知らなかった。
太田省吾の本を何冊か開いていくと、
そこにカントールのことが書いてあった。
今この世界で、是非観ておかなければいけない演劇、として。
 

私の劇のテンポは遅い。かなり遅い。その遅さは、言ってみれば
どのような動作も、この、反復を含んだものとするためであり、
そうしなければ見ることのできない人間の美を見ようとしている
ことなのかもしれない。

         (太田省吾「舞台の水」-<反復>と美-より)


「小町風伝」「水の駅」など沈黙とゆっくりした動きで演じるスタイルを
生み出した劇作家・演出家。
演出家の死は、俳優の死、劇作家の死とも違い、置き換えられない
ものに思える。もう、その成立は見られないのだ。

表現をそぎ落とし、削っていきながら、ベケットのように世界を小さくし
登場人物も少なくして反・演劇になるのではなく演劇の力、表現の美を
追求した。太田省吾の本の中に肯定という言葉をよく目にした。

舞台の水 (五柳叢書)

舞台の水 (五柳叢書)

水着[本]

着るならこれがいい!

しましまの水着で、ぐりとぐらといっしょに海ぼうずに
海ぼうず泳ぎ(すごいはやい!)を教えてもらいたいな〜。

ビーチじゃなくて、海水浴。

自転車で[本]

ザッカリー・ビーヴァーが町に来た日

ザッカリー・ビーヴァーが町に来た日

1971年の夏。
何も起こらない静かなテキサスの町に
きらびやかに飾られたトレーラーがやってくる。
2ドルで世界一太った男の子を見せる見世物だ。


最初はやな奴だったザッカリーとの出会いで
13歳のトビーの夏は変化しはじめる。


ちょっとイライラさせる親友 
好きな女の子はかっこいいメキシコ人の男の子に夢中
かっこ悪いことしか言えない自分
歌手になる夢を追って出て行った母 
穏やかな父の心の中
老人・子ども・近所の人たちそれぞれの境遇
ベトナム戦争の影
兄のような特別な存在の人
人口湖 洗礼 てんとう虫
海のような綿花畑のテキサスの風景


一人の少年とのかかわりが拡げた
自転車で走り回る、見慣れた小さな世界への理解。


そう、中学生の頃までは、自転車でいける範囲が
自分の世界だったな。