肯定の意志[本]

帰宅して家の鍵を開ける瞬間、タデウシュ・カントールのことが
頭に浮かんだ。ポーランドの前衛的な劇作家・演出家。
カントール自身が舞台上に指揮者の様に存在する
「私は二度と戻らない」の来日公演を東京まで見に行って
震えたことを思い出した。

芸術家よ、くたばれ!

芸術家よ、くたばれ!

そして新聞で太田省吾の追悼記事を目にした。
亡くなっていたことは知らなかった。
太田省吾の本を何冊か開いていくと、
そこにカントールのことが書いてあった。
今この世界で、是非観ておかなければいけない演劇、として。
 

私の劇のテンポは遅い。かなり遅い。その遅さは、言ってみれば
どのような動作も、この、反復を含んだものとするためであり、
そうしなければ見ることのできない人間の美を見ようとしている
ことなのかもしれない。

         (太田省吾「舞台の水」-<反復>と美-より)


「小町風伝」「水の駅」など沈黙とゆっくりした動きで演じるスタイルを
生み出した劇作家・演出家。
演出家の死は、俳優の死、劇作家の死とも違い、置き換えられない
ものに思える。もう、その成立は見られないのだ。

表現をそぎ落とし、削っていきながら、ベケットのように世界を小さくし
登場人物も少なくして反・演劇になるのではなく演劇の力、表現の美を
追求した。太田省吾の本の中に肯定という言葉をよく目にした。

舞台の水 (五柳叢書)

舞台の水 (五柳叢書)